直感って「思い入れ」だったりするよね

ペットショップで犬を眺めていると、ついチワワやシーズーに目がいってしまう。それは自分の中で思い入れがかなり強いからなんだと思う。そしてハルを向かい入れたときも、その子の値段とか性格、性別を抜きにして、「あ、この子引き取ろう」と、直感的に思えたのも、思い入れからくる決断だったのだろうと思う。この直感というのは、思い入れといつもイコールでつながっていて、自分が費やしてきた時間だからこそ、簡単にこうしよう、あぁしようという決断をすぐにやれてしまうんだと思う。レオナルド・ダ・ヴィンチが通りすがりの女性に似顔絵を描くのを頼まれて、ほんの数分でささっと書いてしまって、美術館と変わらないような値段を求めるのと同じような感じで、その短い時間の中には、過去にかなり多くの時間を注いでいる。だから、例え短い時間のものであっても、思い入れとか、それまでに費やしてきた時間によって、自分が考える価値は決まってくるものだ。それはどんな人にとっても同じようなことが必ずひとつくらいはあるんじゃないかなぁと思うのだけれど。子供の頃見ていたウルトラマンや仮面ライダーがとにかく好きで夢中になって見ていたという記憶は、大人になってもやっぱり残っているから、自分が子どもになっても、同じようにウルトラマンや仮面ライダーが好きになっていると、ちょっと嬉しい気持ちになる。女ことで言えば、リカちゃん人形とかセーラームーンとか。育った時代によっても対象は変わってくるのかもしれないけれど、世代を超えて愛されているものというのは、長年のあいだに、ファンに思い入れを強く残しているものなんだろうなぁ。そういうものはどれだけ努力して競合されたとしても、こちらは別に競い合う気にもならないだろうし。自分は自分、あの人はあの人で頑張ればいいんじゃないかな、と気を張らずにいつも通り淡々と遊んだり働いたりもできると思うんだよなぁ。そういう仕事を少しずつ増やしていけたら、もっと人生楽しめるようになるだろうね。

今日も、このブログを見にきてくれてありがとうございます。犬が遊ぶおもちゃにだって、きっと思い入れはあるんじゃないかな。

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