盆栽と子育ての共通点

盆栽を見ていると、勝手に思いがけない部分から芽が出て、それが枝となって、ちょっとずつ伸びていくにつれて枝分かれをはじめたり、花芽を付けはじめたりもする。その自然の強さというか、儚さというのは、ひとつまみしてしまえば簡単にぽろッと取れてしまうくらいの強度しかないような脆いものでもあって。そんな生きている証のようなものを残すのか、残すまいかということを悩みつつも、伸びた枝を針金で整枝したりする。その悩んでいる時間というのは、子育てにも少し似ていて。どこを伸ばしてあげる方がこの子にとって良いのかっていうのは考えることは同じだなぁと思う。違うところと言えば、勝手に動いたり考えたりすることができるということ。まぁ人間だからそんなに当たり前なんだけれども、まだ小学生の幼ないこどもであっても、大人と同じような発想を持ちはじめたりもして、それって盆栽でいうところの新しい芽がぽつぽつと出てきているようなものでもあるんだよね。親として、もしくは大人の目線でそのぽつぽつと出てきた芽をどうしようかと悩む。その時間が子育てでもある。たまにイライラしたり、楽しいことがあったり、嬉しかったり、悲しんだり。そういう感情は盆栽にはないけれど、悩むという時間に関してはその時間だけは、同じように悩んでいる瞬間があるよなぁと思う。こどもを育てることの方が色々と大変なのはよく分かる。僕だって妻と話し合って、この子はどうしようああしようなんてことをよくはなしもするし、こどもたちだって色々と考えてこちらにはなしかけに来る。子育てをしている女性の皆さんには、少しおこがましい考えではあるけれど、盆栽も子育てにちょっと似ているところがあると思うのです。

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