犬と暮らすということ

犬を飼うというのは、日本ではお金を払って買うということとイコールで結びついていたりする。それは当たり前のこととして認識されている。でも国によっては、犬を飼う資格がなければ、飼うことすらできない国もある。ドイツなんかはそうだ。僕は犬を飼う資格はちゃんと判断してもらったほうが、犬にとっては良いと思う。今から犬を迎え入れる環境がちゃんと作られているのかだったり、家庭内の状況、家族構成、間取り、危険なものはないか、騒音など、犬に適した環境を作ることができない人は、どうしても厳しく判断されてしまっても、本当はおかしくないのだと思う。どうしても人間のために犬を押し付けてしまうことになってしまうのだから、せめて犬が安心して暮らせる環境を作ることは、飼い主の義務だと思うのです。とはいえ、子どもがいるご家庭なんかは、どうやったって犬にストレスを与えてしまうものです。落ち着かない子どもを犬がいるからと説明したところで、子どもには全てを理解することができません。犬が人間とどう違っていて、どこが同じなのかとか、犬も感情を持っているとか、痛みを感じるとか、ストレスを感じるとか。それに伴って人間と犬の関係性がどんなふうに変わってくるのかとか。そういうことは飼って初めて知るということの方が多い気がする。だけど、一度経験した人の方が、やっぱり犬のことをよく分かるようになってしまうし、犬だってそれをすぐに気づいてしまう。だから、長年飼っていた人と、そうでない人とでは、犬のなつき方に大きな差が出てしまっても仕方のないことなんだろうと思うのだけれど、その差をどうにか埋めるには、犬の抱き方を学ぶとか、しつけ方を学ぶとか、そういう小さなことの積み重ねもあるのだろうし、一番に犬のことをいつも考えていられるかどうかで、犬がどんなふうに飼い主たちに想いを寄せるのかが決まってくるんじゃいなだろうか。僕は何度か犬が亡くなったのを経験している。その度にあぁしておけばよかったと後悔することは必ず何かしら残ってしまうものでした。それは年を重ねるにつれてどんどんいろんなことに想いを巡らせて反省を繰り返すことになるのですが、不思議なことに犬という存在は何度も何度も飼い主の前に、生まれ変わってやってくるようで、僕は何度もそんな体験をしてきているし、他の人も同じ体験をしている人は多いようです。そう考えると、「この前はごめんね」とか「今度はもっとちゃんと面倒みるね」とか「できるだけそばにいるよ」といってあげる機会を与えてくれていることに感謝しなくちゃいけないなぁと思う。人間に対して、そういう感情が生まれるというのは、あまりない機会だと思う。人間が犬のように亡くなってすぐに生まれ変わるなんてことはほとんどありえないらしいから、いつまでも後悔した気持ちを抱え込んでしまう。犬に対する愛情を子どもたちにももっと与えなくちゃいけないと思うし、妻からもよく叱られてしまう。たしかにそうだなぁと思う。僕はあまりにも犬と関わっていた時間が他の人よりもものすごく長かったのだから。そういうところも自分が変わっていかなくちゃいけないのだろうなぁと、できるだけ後悔を残さないようにするためにも、毎日反省を繰り返しているのです。

今日もこのブログを見にきてくれてありがとうございます。犬もかわいい。子どもたちもかわいい。「だけど」と言ってしまうのは僕の悪いところ。

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