感情表現

表の世界と裏の世界があるとしたら。それはパラレルワールドなんて格好良く言われるような世界だったり。現実として、好きな人といるのか、それとも嫌いな人といるのか、と考えてもいいかもしれない。自分の中でここまでは本当の「わたし」。でも、ここから先は「わたし」が作った、もう一人の「わたし」そういうこともあるよね。人間裏表がない方が分かりやすいなんて言われたりもするけれど、どんな人でも、裏表はあると思う。ネガとポジ。このふたつの部分が両方ともあるから人間らしくいられて。悲しいとき、苦しいとき、嬉しいとき、たのしいとき、そういう入れ違いにからだの中のどこかで感情が揺れ動くものが人間らしさを作っているんじゃないかなぁ。瞑想なんかをして、その感情の揺さぶりをおちつかせる、なんてことも出来はするんだけど、それって「人間」という箱の中にいる「わたし」を認識されるものな気もしていて。その「わたし」がどんなふうに普段揺れているのかが分かれば、「あぁなんだ。こういうことか。」と腑に落ちて、毎回感情の揺さぶりに、気が動転したり、慌てたり、動けなくなったり、なんてことが少なくなってきて、いつもおちついていられるようになっていく。そういう時間を自分でつくって「わたし」を知る。これが瞑想の本質なんだろうなぁ。

作品づくりの中では、感情の揺さぶりが表に出たり、引っ込んだり。その様子をどれだけうまく表せるかのによって、表現力豊かな作品かどうかを判断できる。反対にその感情の揺さぶりを押し殺している様子が描かれているものもある。だけど、その感情の揺れはキャラクターの中で動いていて、その動きを周りの情景とかで表現していたりするから、その独特な表現方法によって、全体としての印象を与えようとする人なんかもして、作品をなにも考えずにぼーっとみているだけでも、そういう発見はあっておもしろい。そんな感情表現は、一枚の絵でも伝えることができるし、長編映画だからといって印象が強まるというわけでもない。僕のとって一番印象強く感じる作品というのは、作品を見る人があたかもその作品の世界の中に入ってしまうような作品は、おもしろいなぁと思うんだけど、皆さんはどうだろう。


今日も「ここ。」に来てくれてありがとうございます。こどもの頃によく分からなかった作品をもう一度見直してみると、いろんな発見があって、それもまたおもしろい。


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