情報検索能力を高めたいから、もっと勉強する

複雑なことを整理しながら、シンプルに物事を考えられるようにしないといけなくなったのは、インターネットというものが膨大な量の情報を提供するようになったから。その情報というのは、アマモプロも入り混じって作り出されていて、その多くは自分の利益になるような情報発信が中心になっている。だから、参考にならないものもたくさんあるのだけれど、公式ドキュメントなどは、その対象にならないから、勉強には使いやすい。でも、やっぱり本を使って勉強した方が、結果的には短期間で勉強できているなという印象を受けるのは、インターネットだとどうしても余計なリンクが目に入ってしまって、やらなくてはいけないことに集中できなくなるから。「盆栽の育て方」と検索すると、「おすすめの盆栽」とか「松柏の特徴」なんていうリンクが次々に出てくることになるから、いつまで経ってもスマホを手放せなくなってしまう。それもまたSEO対策のひとつと知って仕まえば、気になる情報を知ったら即スマホを置くということができるようになる。でも大半の人たちは永遠と情報を追いかけることを止められないものだから、SNSなんてものも永遠と見続けることができてしまう。でも、何も役に立っていないじゃないかと思ってしまう。情報は武器になるなんて、誰が言い始めたのか。そんな時代は終わってるんじゃないかとさえ思ってしまう。僕が不定期にこしんするブログなんて、誰の役にも立つものでもないし、プログラマーのブログとしては技術的な記載なんてほとんどない単なる頭の整理をさせる道具にすぎない。でも、プログラマーだって頭の中を整理させるというトレードオフ的なことをやってくべきだと思う。無駄なコードは省くべきで、繰り返し使われるものは、モジュール化して仕まえば、短いコードで大きな構成を作ってしまうことだってできるのだから、そういうことを学ばない手はない。でも、なかなかそんな情報を手にするなんてことは滅多にない。大抵は会社に勤め、その会社内で起こり得ることの対処法として、いくつかのコーディングパターン、デザインパターンを学んでいくことになるのだろう。僕は会社に勤める気がもう無くなってしまったから、そういう経験をすることは今後もないだろうと思うけれど、世の中にはさまざまなパターンというものがあるのは確かで、そのパターンを独自に開発するというのも仕事にひとつになると思う。開発なんてものはもう趣味の一環だったりもするのかもしれない。誰がAdobeソフトのようなソフトウェアを個人的に写真の編集をするために開発をするだろうか。それをビジネスとして活用しようなんて考えることも、ほとんどの人はしないだろう。それでもやる人がいるから需要が生まれる。「そんなもの役に立たない」という人たちは永遠にそのソフトウェアによる成果を受け取ることもなければ、新たな経験を得るなんてこともないだろう。それでも、その人たちは幸せでいられるのであれば、余計な情報はできるだけ省くべきだと思う。そのことには賛成できる。僕自身も最近情報のトレードオフを始めたところで、とにかくインターネットの使い道について、もっと向上されるには、自分自身のスキルを向上させる必要があると考え、仕事をしつつも専門的な勉強を続けている。ただプログラミングをやるのではなくて、昔から変わっていない普遍的な構造に関する理解だとか、インフラの現代の捉え方、綺麗なコードとは何かというようなことをとにかく勉強する必要がある。そこを取らないことには、いつまで立っても役にも立たないようなことを発信されているYouTubeやその他SNSの犠牲になってしまう。自分の時間をそんな時間に消耗しないようにするには、自分の情報の検索方法を向上させる必要がある。自分の検索技術を向上させない限りは、いつまで経っても得られる情報はレベルの低いものになってしまう。本当に読まなくてはいけない本があるのに、どうでもいい芸能人のゴシップネタなんて見ていたところで、何の役にも立たないのだから。

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