実力主義はおもしろいけれども大変だ


Djangoでシステム開発できるようになってるじゃないか。そしたらあとはAWSでインフラ構築できるようになれば、一気にバックエンドの知識が身に付くことになる。ここまでの道は決してラクではなかったなぁと思う。いや決して今既にラクになっているわけでもなくて、やっぱり毎日の積み重ねを続けないと、そこで成長が止まってしまうことになる。努力をせずに結果を出せることを仕事にした方が結果は出やすいということは分かっているけれど、バックエンドデベロッパーがただプログラミングやってりゃあいいなんてことは決まっていない。ちゃんとインフラ構築もできて、CI/CDの構築までやれないと、自分の中ではなんだか腑に落ちない。実力主義でいこうだなんて思ってはいても、やってることがみんなと一緒じゃあ話にならない。もしかしたら世間一般レベルで考えると、もう勉強しなくても仕事はできるのかもしれない。でも僕はフリーランスなので、そんな生ぬるいことは言ってられない。いつももう少し難しいことをできるだけ簡単にやれるようにと、何かしら毎日少しずつでも勉強するようにしている。それをただ他の人が考えるような勉強とは捉えることがないというだけで、おそらく相当量の時間、勉強してきたのだろうし、その分仕事もこなせるようになってきているという自覚はあえる。会社にも頼らずに自分の力で仕事を増やして、勉強したことを活かしてお金を稼げるようになっているわけだから、それなりに頑張ってきたなぁという自負もある。でも、いつも難しいことを簡単にやれるようになるたびに、次の新しいことを学びたくなってしまうのは、きっと好奇心が強いからなのだろうと思う。その好奇心があるから、自分の力でなんとか仕事を作れるようにもなっているのだから、特別抑える必要はないのだけれども、あまり強くそれが出てしまうと、頭で考えていることと現実としてやれていることのギャップに苦しむようになる。そんなことが半年に一度は起こる。本当に困ってしまう。頭ではどんどんやっていこうとしているのだけれど、実力が全然伴わないがために過度に勉強をスピードアップしようとしたり、貪欲にスキルを身に付けようとする。そのせいで疲れやすくなり、体調を崩してしまったりもする。それはあまり良くないことだと思う。

きっと向上心とか好奇心が持続する人の場合は、どこかで思い切って何も考えない時間を確保する必要があるのかもしれない。とは言っても何も考えずにいるなんてことは難しいから、せめて「仕事をしない」と決めておくとかね。そうでもしないと何かしらの勉強を始めようとしたり、仕事をしたくなってしまう。もしかしたらそういう意味で僕は仕事人間になってしまっているのかもしれない。でも、最近妻が来年の誕生日には新しいパソコンを買おうと言い出した。環境をレベルアップしていかないとやる気も出ないだろうという気遣いみたいで、それはもうありがたい話でした。そのおかげで少しでも前に進めるように勉強はやっぱり続けるし、プログラマーとしての技術も向上させていくつもりではいるのですが、どちらかというと仕事というよりは、好きなこととして続けているうちに仕事が来るようになった、という方が個人的には嬉しい。そんなこと会社で働いていてはできないことだからね。僕は好きなことを仕事にするのが好きだから、嫌なことはとことん避けるようにしている。正確には全くやらないわけにはいかないので、仕事上のことは我慢するけれど、好きなことをしている時間はできるだけ好きなことをしようと思う。それが精神的にも負担が大きくなくて済むからだ。フリーランスというのはいつも大変な思いをさせられているようだけれど、僕は今のところそれほど大きな問題にも巻き込まれずに、平和に暮らせているのだから、もっと自己満足度を高めてもいいのではないかなぁと思うけれど、それも簡単にはいかないようです。


結局のところ、休みたいのか何かやっていたいのかは、はっきりしないままでいるのです。


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