夏休みが終わる。

夏休みが終わる。それはもう、こどもたちにとっても、おとなたちにとっても、なにか大きな区切りをつけるような寂しさがある。毎日起きれば家族みんなが家にいて、ワイワイガヤガヤと騒がしくしていれた時間が終わるというのは、大きなイベントが幕を閉じるようなものでもある。そんな時間を寂しく思うということは、それだけ楽しい時間が過ごせたということでもある。そんな時間に終わりを告げられないと、つまり、この夏休みがまた振り出しに戻せたとして。まぁそんなことはないのだけれど、そういうことができたとしても、終わりを迎えられない苦しさというのが生まれてくるんじゃないかなぁと思う。はじまる時点でその背中には「終わり」が見えていないといけないんだ。でなきゃいつまでも終わったと思いきやはじまっての繰り返しになる。終わればまた次の「はじまり」がやってくるのに、その「はじまり」を迎えることができないこともまた、寂しいことではあるよね。その「はじまり」を迎えるときには、きっと「終わり」を迎えたときに残る後悔とかもいっぱいあったりもするだろうけれど、それでもやっぱり、最後の最後に「終わり」の背中には「はじまり」がいた方が、その後悔を大事にしていくこともできるんじゃないだろうかと思うのだけれど、どうだろう。

夏休みが終われば、こどもたちは学校がはじまる。大人たちは会社で仕事をし始める。僕は夏休みも、そうでなくても、変わらず家で毎日仕事をしている。というのも、僕には夏休みというのも、それ以外の春休みや冬休みなんてものも、はっきりしていなくて、いつも毎日同じ作業を何度も何度も繰り返すことで、お金を頂いているようなことをしているものだから、それでもうある程度の安心ができている。そんな流れの中には、仕事の面での「はじまり」と「終わり」しかない。だから、そんなに「終わり」を迎えても、寂しい気持ちにはならなくて、「終わったー!!」と喜んでいることの方が多いんだ。最近寂しい気持ちになったことといえば、映画シン・エヴァンゲリオンを見たあとくらいなものかなぁ。それだけ幸せなことが増えたってことなんだろうなぁと思っている。


今日も「ここ。」に来てくれてありがとうございます。思い出はそのままに。これからを大事に。


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