仕事を作るということ

仕事の作り方という話を書くことがよくあるのですが、「仕事」という名前がつくようになる作業というのは、いつも後付けされているものというのが僕の基本となっていて、既に用意されている「仕事」というのは、誰かが作ってしまっているので、作る必要がないわけです。そのぶん自分はラクができるというわけなので、ストレスもリスクも負わずに済みます。もちろん誰かが作った「仕事」をやるわけなので、働いた見返りはお給料として渡されることになります。このお金のやり取りというのが、個人間で行われる場合、誰かが作った「仕事」に対してお金を払うことで、自分の代わりに働いてくれる人に、その「仕事」を頼むということを当たり前にやっていた時代が日本にもあって。それは今の時代でも、農家とか個人事業主といった名で読んでいたりもします。しかし、フリーランスという横文字を使っただけで、その働き方を理解できない人たちがいるのは不思議なことです。フリーランスと言わずに、「個人事業主として」なんて言い方をすれば、理解できるのかというと、働き方を説明しても、「それでどうやって稼ぐつもりなのか?」と疑問を抱く人が多数います。そんな人たちが職業安定所の受付をしていたり、指導員として働いているのもまたおかしな話ではないかなぁと思ってしまいます。僕がフリーランスとして働くことを考えているのを職業安定所の方に伝えたとき、全面的に否定されてしまった過去があります。「コネもなければツテもアテもないのに、どうやって稼ぐつもりなんだ」とその人は言っていたのを今でも覚えています。僕はフリーランスとして、これから仕事を作っていくという話をしていたのだけれど、その人のフリーランスへの理解というのは、「フリーランスとして既に誰かから仕事をもらうことができているのか?」という考えしか持っていませんでした。「フリーランスとして働く」というのは、「これから仕事を作ります」と宣言するという意味では伝わらないのだなぁとそのとき初めて知りました。僕はそれから、職業安定所を使わずに、アルバイトをしてちゃんとフリーランスとしての仕事を作って、今いろんな仕事をできるようになっています。もし、あのとき、相手の話を鵜呑みにしていたら、今のような働き方はできなかったのだろうと思います。きっと誰かが既に用意した仕事をこなすだけの働き方しかできていなかったでしょう。それってフリーランスではなくて、サラリーマンのように会社に雇われている人の働き方ですよね?僕はそんなふうに働こうとはずっと考えていなかったので、世間的には「逆らった」ということになってしまうのだろうけれども、そうしなければずっと誰かが作った仕事がないと生活していけなくなるというふうに考えていて、それは今でも何も変わっていないのです。そんなことを考え始めてからもう7年くらいは経っていると思うのですが、これまでいろんな人に迷惑をかけてここまできました。それでも自分が「こうしたい」という考えに沿って生きていくには、やっぱり多少は頑固にしぶとく続けなきゃいけないのだろうなぁという気がしているのです。それは、これから副業を始めようとか、独立して自分で「仕事」を作ろうとしている人にも同じように言えることなのではないかなぁという気がするのです。それって結構大事なことなんですよねぇ。

今日も、このブログを見にきてくれてありがとうございます。しぶとく、つよく、しなやかに。

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