ルーティーン崩し

朝起きて、子どもたちに「おはよう。」と言って、朝ごはんを用意して、次は嫁の弁当をつくる。そのあと、嫁の朝ごはんをつくる。そうしているうちに、子どもたちは学校に行く。「いってきます。」、「いってらっしゃい。」(今日は長女は泣かずに行けるようだ。)それが終わると、皿を洗って片付けて、今度は嫁が仕事に行く。ようやくひと段落したところで、盆栽たちの水やりをぼーっとしながらはじめる。それから歯を磨いて、顔を洗って、着替えて。飲み物を準備して、「今日のお話。」を書きはじめる。毎日そんなルーティーンを繰り返している。繰り返せてはいるのだが、ルーティーンいうものは慣れるほど、めんどうだとかきついなあと思う気持ちは薄れてくるのだと思うけど、それはそれで忙しくもなるものだ。

だから、時々は「ルーティーン崩し」、というものを取り入れてサボるようにしている。お茶をいれたり、コーヒーをいれたり、愛犬たちの並ぶ写真の前の、水とご飯を入れ替えたり。そういうことがルーティーンの合間に、サボりをいれさせてくれるのだ。あまりにも忙しすぎる時は、気持ちにも余裕がなくなってしまう。それはどんな仕事でもだと思う。誰にだって、サボりたい時はあるよね。サボりすぎはいけないけれど、たまのサボりは許されてもいいと思うんだよなぁ。



今日も「ここ。」にきてくれてありがとうございます。

サボり方がじょうずになると、集中の仕方もうまくなる気がするのだが、どうなのだろう。

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