ラクな仕事、紹介します。

 「眠気と闘う日」というのがたまにあります。ですが、そんな日ほど闘わないでいた方が良いことはありません。なぜなら、眠気ほど効率を落とすものはないからです。妻がいつも言うのです。「今日やらないと間に合わないのか?」と。大抵の仕事というのは余裕を持って締め切りを設定しています。なので、疲れているときは休めるような働き方を常日頃心がけています。僕の場合、眠いとストレスを抱えすぎて、家で働いているというのに、聴覚は過敏になり、頭痛がしたり、吐き気を催すこともあるのです。あまりの辛さに子どもたちにあたってしまうこともあります。そんな最悪な父親であり夫なのです。なので当然外で働くなんてことはかなり不利だし、就職なんてちゃんとやれた試しもありません。ただ唯一の救いは妻があんたは「天才肌だ」、「誰もできないこと、やろうとしないことを簡単にやってしまう」という言葉です。僕は過集中によって、どれだけ複雑な勉強であっても、短期間のうちに終わらせてしまうことができるので、仕事でもその特徴を活かすことで、いろんな仕事を作ることができています。外で働けないなりにも、自分にできることを仕事にすることができたのです。ですが、そのことを副業を始めようとする人や、起業しよう、ネットビジネスを始めようとする人に向けて何か情報を発信しても、おそらくほとんどの情報は役に立たないことでしょう。僕が持つ過集中という特徴自体、日本人の人口の1割程度しか満たないのです。だからといって誰にも理解されないなんてことは思ってはいませんが、おそらくほとんどの人は、この聴覚過敏や温度調整の効かない体質、過集中などについてはあまり理解することはできないはずです。こんなにも情報で溢れている世の中なのにです。だからと言って不満を漏らすわけでもありませんが。

 話を戻して、「眠気と闘う日」というのは、僕でいうところの過集中を妨害することでもあります。社会の中ではこの過集中というのは、障害になってしまいます。みんな平均的に作業をすることが望ましいと考えられているからです。多くの人が1年、2年とかけて習得することを、僕はたった数ヶ月で習得してしまっていました。それはどんな会社で働いていてもです。なので、周りから嫉妬されたり、妬まれたりもしていたような気がします。ですが、空気を読めるタイプではないので、余計な時間を作ろうとする人たちはどんどん線を引いていきました。その結果、社会では馴染めないなぁと感じることが増えていったのです。周りに合わせてなんていたら、それでこそストレスが溜まって、まともに働けなくなってしまうのです。昔からよく言われていました。「なんでそんなところで働いているのか?」と。会社で働く気がないのなら、起業するしかないよと、馴染みの病院の先生にアドバイスを受けたこともありました。フリーランスという働き方が合っているのではないかと提案されるようにもなっていきました。僕は結局フリーランスの道を歩みました。はじめはイラストレーターとコピーライターを兼業しようとしていました。これは失敗でした。そもそも需要が無さ過ぎていたのです。それでもブログを運用して広告収入を得たり、メルマガを配信して利益を作ることはできないかと色々試行錯誤を繰り返してきました。昔から文章を書くことは得意だったからです。それでも簡単にいくものではありません。僕の憶測ですが、過集中の僕が結果を出せないのであれば、他の大多数の人たちはもっと難しいだろうと今でも思うことがよくあります。やっている人が多いビジネスほど競合が高まるうえに、収益化自体難しいものだということをほとんどの人は自覚もせずにはじめてしまうのです。

 情報発信をやってもやっても結果を出せない。寝不足になってでも勉強をしていることもありました。夜遅くまでサイト作りに集中し、早朝はスキルアップのための勉強を毎日やっていましたが、なんの役にも立ちませんでした。今から5年くらい前の話ですね。この頃はちょっとフリーランスというものを諦めかけていたかもしれません。ですが、自分の疲れやすい体であっても通用する働き方を見つけるのには、「作るしかない」とだけは思っていました。それだけは諦めていませんでしたね。何かあるだろうといつも模索していました。あるとき、愛犬が体調を崩すようになり、仕事の時間をセーブして介護することにしたのです。そのときもブログを書いたり、絵を描いてどうにかお金を稼げないかと考えていましたが、なかなか結果を出せずにそのまま愛犬たちとはお別れしてしまいました。もう少しちゃんと介護をしてあげたかった。仕事なんてやっていること自体無駄ばかりじゃないかと、かなり悲観的になりました。そのことからどれだけ体が疲れていても、眠気と闘わないといけなくなっても、ラクにお金を稼げる方法を作ろうという強い意志が生まれたような気がします。「もう外では働かない」と。愛犬たちも、もうその頃にはいなくなっていましたから、守るべきものさえ失ってしまうと怖いもの知らずだったのでしょう。その頃にプログラミング言語のPythonを知ることになります。

 Pythonの可能性は満ち溢れていました。海外では既に当たり前に使われているのに、日本ではまだその頃ほとんどの人がJavaやPHPばかり扱っていたのです。今でもその状況は変わっていません。日本は変化に乏しい国なのです。これだったら、自分の強みとして使えるんじゃないかと思いましたね。ここからまた過集中を発揮します。僕は、PythonのフレームワークであるDjangoを使って、基礎知識も無いままに数ヶ月でウェブアプリのサンプルを仕上げることができたのです。そのことを数人の中の良い人に話しても全く理解はされませんでした。「これだ」と思いました。誰にも理解されないことをやれば、簡単に仕事が作れるかもしれない。プログラミングだけでなく、関連する情報を発信できるようになれば、ウェブライターとしての収益化も可能になるはずだと。僕はそこからとにかくプログラミングに過集中。いろんな言語を試す中で、やはりPythonをやるのが一番だと思ったのです。文法がシンプルであること。改善するにも分かりやすく伝えることができるというのは、自分の性格にもあっていたし、いろんな開発に使えるということもあって、仕事が無くなることはしばらく無いだろうと思ったのです。当時Pythonの人気は鰻登りになっていましたが、ほとんどの人は習得することはできないだろうと考えていました。今でもそれは変わりません。なぜなら、ほとんどの人が勉強する時間を確保するのが苦手だし、過集中なんて特徴を持つ人も少ないので、このような分野においては僕自身の強みにしていけるという予測ができたのです。このような状況判断なども、おそらく論理的思考という僕の強みとしてビジネスに活用できるのではないかと考えていました。妻のそのことには同感していたようです。「誰もできないこと、やろうとしないことをやった方が良い」という妻の声はいつも背中を押してくれます。そうではないことに関してはかなり厳しく引き止めようともしてくれます。たかが文章を書くということが仕事になるなんて。そして、複雑なコードの構成を面白がって見ていることが仕事につながるなんて、こんなにも「ラクな仕事」はありません。ですが、あくまでも僕にとっての「ラクな仕事」なので、ほとんどの人にはこなしきれない仕事なはずなのです。それでも僕が発信する情報を求めてくれる人はかなりいるようなので、できるだけ役に立ちそうな情報を届けたいとは思うのですが、文章の外を出てみれば、やっていることはおそらく凡人離れしたことをやっていると思うので、本当の意味では参考になるのかは皆無と言えるでしょう。それでもあなたは僕の言葉から何かを役立たせようとするというのも、僕にとってはかなり不思議なことでもあるのです。このような文章を10分ほどで書けてしまえるという人は、おそらく僕と同じような体質の人かもしれません。何も頭も使わずに、ひたすらに書き殴った文章が論理的に組み立てられているなんてことは、ほとんどの場合考えられないのですから。だって、ほとんどの人はまず構成を細かに決めた上で、文章を書き始めるというにも関わらず、そこからさらに修正に修正を重ねて、ひとつのコンテンツを仕上げているのです。やっていることは同じように見えても、本質的な部分ではおそらく双方に納得できるものは含まれてはいないでしょう。それだけ難しいことを最も簡単にやってしまっているというのは、自分でも驚きのことなのですから。誰にでも勧められるものではないのです。

 最後に僕にとってのおすすめの「ラクな仕事」紹介します。ウェブライター、プログラマー、盆栽家です。

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