プログラマーの家事・育児


プログラマーだって家事や育児はできるはず。仕事に忙しかろうと、バグの修正に明け暮れていようとも。そんなことは関係なく、妻や夫と協力して、家事や育児に参加できないと、夫婦関係も悪くなる。でも、プログラマーとして仕事が得られない期間というのは、なかなかストレスも溜めやすくなるし、そのうえ家事や育児をしなくてはいけないとなると、これがなかなかハードなのである。僕の場合、季節によって気分の起伏が激しくなる。夏なんて、なんとか三食のご飯の支度をするのがやっとなときもある。それでも子どもたちは変わらずはしゃぎたがるし、洗濯物だって積み上げられていく。そんなときにパートナーが手伝ってくれるから、なんとか在宅でも安心して働くことができる。その反対も然り。妻が疲れ果てて手伝いもできないでいるときには、仕事の話をできるだけ聞ける余裕を持つようにする。家のことは気を遣われない程度に片付ける。気を遣いすぎないこと。これはほんとに大事なことなのです。心配したところで助けてあげられるわけでもないのならば、そっとしておくことも大事なときもある。「どうした?」「大丈夫?」「なにか嫌なことでもした?」そんな質問攻めに合わせようものなら、余計に妻の機嫌は悪くなる。そんなことよりも、しれっと部屋を掃除しておいたり、トイレをきれいにしておくようにした方が、気分も変わっていいようだ。

子どもたちも同じで、この夏休みのあいだで、それほど過度に構ってはいないものの、どれだけ言っても子どもが自主的に変わろうとしなければ意味がないと分かっていて、グジグジと言い続けることをやめた。あれをしなさい、これをしなさいと言い続けたところで、何が悪いのかも理解できない、理解しようとしない。まぁ子どもとはそんなことだからどれだけ怒られても無邪気に遊び続けるし、集中しなきゃいけないときにはちゃんと勉強もする。うちの子はそのようだ。だからいっそ手を加えずにいた方が、勝手に上手く育ってくれるような気がしている。長女が何年生になろうと、次女がいっぱしのことを言うようになっても、結局子どもは子どもだ。でも、自分なりに考えてもらえるようにならなくてはいけないし、そのためには敢えて口出しせず、放っておく時間がほんとに必要だと、今年の夏は特に感じる。今の時代、何かとネットを使えば答えが見つかる時代に、親が同じようにして答えを示し続けるだけの子育てなんて、あまり役に立たない気がしている。それよりも、目の前で起きていることをちゃんと自分で捉えて、今何をしなきゃいけないのかを考える時間を作るというのも、親の役目ではないだろうか。ただ毎日起こり続けているのが親ではない。子どもからすれば、なにも言わずに黙り続けている様子を怒っているのかどうかと気を遣うかもしれない。だけど、そうでもしなくては、今の子は自分で物事の判断がつかなくなっている。たしかに学校に行けばいろんな学びを得られるのかもしれない。でも、その学びは皆が共通して学ぶことであって、個々の判断を仰いでいる場面というのは、そう多くはないし、問題が起きない限り、個々での話し合いが持たれることもないだろう。そう言ったことも踏まえると、家庭内での社会勉強だって、学校での社会勉強と同じか、もしくはそれ以上のことを自分で学ぼうとする機会を与えてあげることが、もしかしたらこれは大人から見ても行けないことだと言われるのかもしれないけれど、僕は大事なのではないかと思う。


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