その障害は、その人の持つ「個性」である

聴覚過敏の利点について考えてみようと思う。まず、とにかく音がやたらと大きく聞こえるということ。個人差はあるものの、低音か高音かだったり、限定的な音(子どもの足音や、扉を閉める音、周囲の人の話し声、食器を洗ったり直すときの音など)が特別大きく聞こえる場合があること。この普通の人以上に音が大きく聞こえてしまうという問題は、時として普段の生活に支障をきたす場合もあります。あまりに不快な音を聞き続けていると、精神的なストレスを感じて疲れやすくなったり、イライラすることもあります。ですが、良い面を見ると、小さな音でも聞き取ることができるため、音楽関係の仕事における編集作業だったり、夜中に犬が目を覚ましてトイレし始めたりするときに、普通の人なら気づかないような音にも気付けるので、すぐに気がついて対処することができるという利点があります。僕の場合は、特に犬を育てている中では、とにかく音に敏感であるということは、犬と同じような聴覚を体感することができるのではないかと考えているので、どんな音に覚えているのかとか、気になっているのか、好きな音、嫌いな音などを、愛犬がどんなふうに聞き分けているのかを考えるのなどには悪い特性だとは思っていないし、ただ疲れやすい体になってしまっているというのも、妻の理解があるからできるだけ疲れているときは休むようにしてもらっていることで、無理のない生活を送ることもできています。同じように対処することが難しい人はいるだろうし、聴覚過敏のことを知らずに、今でも苦しんでいる人はたくさんいるはずです。特にASD(アスペルガー症候群)の症状の一つでもあると考えられてもいる聴覚過敏ですが、正確には耳の鼓膜に障害が出てしまっていることが原因だったりもするので、必ずしもそうとは言えないものの、場合によっては耳鼻科や精神科などに診察してもらうということも必要な場合もあります。僕は聴覚過敏の対処法として、とりあえず症状が小さい場合は耳栓をしておいて、それでも症状がひどくなるときはノイズキャンセリング機能が付いたヘッドフォンもいっしょに使用しています。特に家の中で使うことが多く、外で買い物をする時などは耳栓だけで対処するだけにしていますが、あまり長時間スーパーなどで人混みの中にいるだけでも僕の場合は疲れてしまうので、できるだけ短い時間で買い物などは終わらせれるようにしています。このようにして障害というのも、対処の仕方次第でうまく生活していけるようにはなります。その代わり、できないことを無理にやろうとせずに誰かに任せるとか、ゆっくりやれるように周りにいる人に理解してもらう努力は必要になります。障害と言っても、その人の「個性」と考えてみると、障害の無い人でも何かしらの性格の違いとか考えの違いはあるはずです。少数派だからといって生きづらさにばかり目を向けてしまうよりかは、自分が生きやすい方法を見つけていくということに視線を向けてみるのも大切なことだと考えています。

今日も、このブログを見にきてくれてありがとうございます。ひとりの親として、自分の子どもの「個性」についても、できるだけ大事にしていきたいものだなぁと思う。

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